世界で一番同情されない病気

『眠りのサロン立夏』セラピスト西岡利子です。

10年位前、私はアルコールと処方箋の依存症で専門の病院に入院していました。依存症を患った経験は現在のセラピスト、という職を目指すことなった大きな理由の一つで、良くも悪くも、人生の転機というべきものだと思います。

依存症の前段階としては不眠症、うつ、という病気も経験していて、これらの症状に苦しむ方も多いのではないでしょうか? 

もしかしたら、10年前の私みたいに、いったいどうしたらいいのかと1人で悩んでおられる方もいらっしゃるかもしれません。そういった方に、何かの参考になればという気持ちと、自分に起った出来事をそろそろ整理していこうかという気持ちもあり、このブログに、当時のことを少しずつ書いていこうと思っています。

 

 

今回は、依存症関係の本に散見される、

「多くの病が同情され、暖かい励ましや支援を受けられる中、アルコール依存症は同情される事無く、ときには軽蔑を受ける病気です」

という一文について。

私が入院していたとき、担当のドクターもよく言っていた言葉です。担当のドクター、と言っても、その病棟に医師はその1人しかいおらず、外来もお1人で担当していました。けっこう毒舌で、

「好き好んでアルコール依存症病院の医師になる人間はいない」

「僕は貧乏くじでこの職についています」

ともよく言っていました。看護師さんたちも入院患者である私たちにわりと冷たい態度で常に事務的、笑顔を見せることがほとんどありませんでした。

私は普通の精神病院に入ったこともあるのですが、そちらの看護師さんたちはとても親切で、いつも見守られている雰囲気がありました。が、依存症の病院には、病人への労わりはあまり感じられなかった…

その理由はよく分かります。

何しろ、アルコール依存症の患者の態度はかなりひどいものなのです…

お酒で理性がマヒし、被害妄想も強くなっていて、些細なことですぐに激高し、暴言も口にします。入院生活中は患者同士、患者からスタッフへの暴力も見かけました。ルールも無視で、入院中でも決められた時間内なら自由に病院を出ることが出来るのですが、その際にコンビニに行ってお酒を買って酔っぱらって帰ってきたり、禁止区域でたばこを吸ってそれを看護師さんに見とがめられると逆切れして 大暴れ⇒強制退院 ということもありました。

やっていいことと悪いことの区別もつかない。区別がついても、やってはいけないことをやらずにいることが出来ないのです。

などと偉そうにに言っている私も、周囲にかけた迷惑を考えると、10年近く経った今も申し訳なさに頭を抱えます。おぼえていないこともたくさんあるはず。今も、私に対して怒っている人がいると思う。当時の友人で、謝罪の手紙を送っても、連絡を返してくれない人もいます。

依存症の患者は患者にしては、元気すぎるし、反抗的だし、わがままだし、嘘もつく。なのでなかなか同情が出来ないのだと思います。

 

 

アルコールを主とした依存症が「同情されない病」であるもう一つの理由として、病気になった原因が本人の責任によるところが多いからではないでしょうか。

どういうことかといいますと、先ほどの「同情されない病気」という言い回しに加え、

「アルコール依存症は病気である」

ともいう文章もよく見聞きします。これは、

「だから患者に責任はない」というニュアンスではなく、「だから病院にかかって治療しなさい」という意味で使われているものです。

少なくとも依存症患者本人が「私は病気なんだ! だから私は悪くないんだ!」という意味で使う文章ではありません。

依存症患者が依存症になるまでには、ならずに済むための岐路や選択肢がたくさんあったはずで、わざわざ依存症になる選択をやってきたのは依存症患者自身です。自分の意志で依存症を作ってきた。だからその意味で、私自身は依存症は純粋な病気ではないと思っています。

入院先の病院のドクターや看護師さんたちの態度は、普通の入院患者に対するものとは明らかに違っていて、それは「自分で勝手に病気になった人たち」への態度であったのかもしれません。

で、それを今、私が恨んだり、怒っているかというと全然そうでもありません。

前述のドクターが入院に付き添ってくれたうちの母にも失礼なことを言ったりしたことは、今もきっちりおぼえていて、思い出すと相変わらずあったまに来ちゃう!!し、出来たらあんな失礼な人間には二度と会いたくないねっ!<(`^´)>と思っていますが、それでも長年依存症患者の治療の最前線にいらして、本当にいろいろ迷惑をかけられたんだろうなと想像はつくのです。

もしかしたら、あのムカつく態度も暴言も、「2度とここに帰って来るなよ」という意味だったのかな、とかも思ったり。お人好しな解釈かもしれないけど 笑

でも先生、ありがとう。退院して10年位経つけど、おかげさまで何とか一生懸命やってます。これからも精いっぱいを重ねて生きようと思っています。

西岡

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA